パソコン黎明期

パソコン黎明期

 仕事でもプライベートでも、今や欠かせないパソコン。登場したばかりの頃は、高価なおもちゃにすぎませんでした。
 大手電機メーカーが、こぞってパソコンを販売していて、百花繚乱と呼ぶにふさわしい、にぎやかな様だったことを思い出します。
 各社が独自の機能をアピールしていて、性能も仕様もまったくバラバラ。周辺機器はもちろん、ソフトさえも機種ごとに専用のものが必要で、何1つ、互換性がなかったの初中數學補習です。
 今どきのパソコンと当時のそれとでは、すべてにおいて比較になりません。スペース?シャトルとライトフライヤー号ほども差がありました。
 HDDどころかFDさえも別売りで、ついでに本体より高価でした。搭載しているメモリなど、現在の関数電卓よりも少ないくらいです。
 そもそもソフトが少ない上、値段が非常に高かったものです。
 ワード?プロセッサーのソフトなど、10~数10万円もしました。できることといえば、Windows におまけで付いてくる「メモ帳」と、どっこいどこっい。
 こうして振り返ってみますと、あの頃はパソコンに対して、憧れにも似た幻想をいだいていたようです。
 今でこそ、「なんでもできるのがパソコン」ですが、
当時は「パソコンでなにができるだろうか?」と疑問符の付くしろものでした。
 反面、強い期待感も持っていました。
 「なんでもできる」よりも、「何かできそう」な方が、想像力をかき立てるものです。実用とはほど遠いものでしたが、その分、可能性の広がりを感じさせました。
 現在、パソコンはすでに道具の1つとなりました。その道具を使って、さまざまなものを創り出せます。
 かつて、パソコンは「宝箱」だった気がします。何が入っているかわからない、けれど、限りなく期待感を抱かせる、そんな箱です。
 それに立ち会った者は、新しい時代への洗礼を受けたといえます電動床
。開発が進むにつれ、あれもできるようになった、こんなことも実現した、と驚きと感動の連続でした。
 本体価格が安くなり、ソフトも充実してきました。画像や音が格段にリアルになり、記憶容量もどんどん増えています。
 容易に推測できる進化もあれば、SF映画の世界だと思っていた技術も、次々に実現していきました。
 インターネットなどという概念さえ、わたしにはありませんでした白酒。個人のパソコンが、世界中と繋がるだなんて!
 時々、思うのです。もしかしたらすべては幻で、実はまだ、8bitのパソコン、64KBのメモリのまま、テレビにつないでカタカタと可能性を探っているところなのではないか、と。
 きっと、ひどく不便を感じることでしょう。あらゆる作業が、途方もなく面倒になるに違いありません。
 でも、それも悪くないかな、と考えたりします。めくるめくようなあの時代を、もう1度経験できるのなら。



Posted by 麥子 at 19:06│Comments(0)
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